オイル基本知識



エンジンオイル編

エンジンオイル入門 エンジンオイル管理
粘度による分類:HTHS
HTHS粘度(HTHSV)とは、自動車用エンジンオイルの高温高せん断粘度(High Temperature High Shear Viscosity)のことです。

10W-30、5W-50のようなSAE粘度、粘度指数に幅があるマルチグレードエンジン油には、粘度指数(VI)を向上させるために粘度指数向上剤という高分子ポリマー(VII・Viscosity Index Improver,Viscosity Modifier)が添加されています。これらのポリマーはベースオイルの中で緩くからんだ糸くずのような形で溶解しており、油温が高くなるに連れて油の粘度は低下しますが、「糸くず」が膨らんで流動抵抗を増してオイルの粘度低下を防きます。しかし、オイルが摺動部の狭い隙間でせん断を受けると、ポリマーは流れの方向に配向してオイルの粘度低下が起こります。軽度なストレス・せん断であれば、油温の低下とともに粘度も回復しますが(一時的せん断)、せん断が過酷な場合は、ポリマー分子が破壊されて永久的な粘度の低下を起こします(二次的せん断)。 これがいわゆる俗にいう「熱ダレ」という現象で、サーキット走行など過酷な状況に於いては焼き付きや過大摩耗、油圧の低下などの問題となります。

潤滑油の粘度低下は他に、狭い隙間で高速でオイルが流れる際の発熱や、燃料の混入・燃料希釈も要因となります。

このことから、10W-50のような高粘度なマルチグレード油であっても、過酷なせん断を受けることによって10W-30程度までに粘度低下してしまう場合も想定され、要求する50番の高温動粘度が維持できないこともあり得ます。また、劣化したポリマーはスラッジの要因となり、エンジンオイル、そしてエンジン内部を汚してしまいます。そこで150℃での高熱、せん断による影響を受けた状態の実効粘度を評価する項目として、HTHS粘度規定が定められています。 測定には一般的に、ローターを回転させるのにどの位のトルクが必要かを測定するTBS(Tapered Bearing Simulator)粘度計が用いられています。TBS法はASTM D4683に規定され、日本では石油学会法JPI−5S―36―91に取り入れられています。

HTHS粘度は高温高せん断状況下において低下した状態での粘度であり、高温高速な摺動面における実効粘度と言えます。HTHS粘度が高いほど摺動面の摩耗量は少なく、高負荷にも対応できます。その反面、粘性抵抗が増え燃費が悪化します。現在では日米自動車メーカーを中心に0W-20や5W-20などの低粘度省燃費オイルが主流になってきており、それらのオイルではHTHS粘度も2.6mPa・s〜2.8mPa・s前後と低粘度となっています。HTHS粘度は下げれば下げるほど省燃費に寄与しますが、2.6mPa・sを下回ると摩耗量が飛躍的に増加する為、現在の規格ではxW-20の下限値は2.6mPa・sとなっています。その為、省燃費オイル開発においては150℃時のHTHS粘度を2.6mPa・s以上確保しつつ、燃費への影響が大きいと言われる100℃におけるHTHS粘度(150℃ではなく100℃での計測値、動粘度ではない)を如何に低減するかも重要となっています。低減するにはベースオイルおよび粘度指数向上剤の選定が重要であり、この点は潤滑油メーカーが出している特許でも見られます。また、粘度指数向上剤製造メーカーが出しているデータでも100℃におけるHTHS粘度と省燃費の関係に触れています。

HTHS粘度の必要性
通常、日本の法定速度で巡航するにおいては、HTHS粘度はさほど重要でないです。公道で法定速度の下で走行時の油温は安定時で80℃前後であるのに対し、いわゆる熱ダレが生じるような条件は油温120℃を超えてからといわれるからです。しかし、HTHS粘度が問題になる程の高負荷な条件の下で使用しないとしても、HTHS粘度が高いオイルは耐熱、耐せん断性だけでなく、総合的に優れた潤滑性能を持つオイルであるといえ、耐磨耗の安全マージン、ロングライフなオイルを選ぶ上での判断基準になります。オイルは高温になるに連れ粘度が低く(軟らかく)なり、油膜が破断して金属表面が直接擦れる境界・混合潤滑状態の領域が増え、摩耗が進みやすいです。 一般的に潤滑油は粘度が高く(硬く)するほど油膜は破断し難くなります。それ故に耐摩耗性では粘度を高くした方が有利ですが、粘度が高くなるとフリクションロス(摺動抵抗)が大きくなり、省燃費・レスポンスが悪くなる。 仮に同じような素性のベースオイルで5W-30と10W-40のオイルがあれば、当然10W-40のオイルの方が油膜が強い反面、燃費の面では不利になります。 しかし、優れたベースオイル・添加剤でブレンドされたオイルでは、5W-30であっても10W-40より優れた耐熱性・耐せん断性を持たせることは可能です。それをHTHS粘度の値で判断することができます。また同じような素性のベースオイルの5W-50と15W-50のオイルを比較すれば、大抵15W-50の方が40℃、100℃動粘度、HTHS粘度も高い傾向にあります。しかし、エンジン始動直後(コールドスタートまたはドライスタート)は5W-50の方がオイル回りが早いので、単純にどちらがエンジン摩耗対策で有利かは決められません。

例えば、粘度指数が低い鉱物基油にポリマーを多量に添加して処方した10W-40のオイルと、高粘度指数の合成基油に少量のポリマーを加えて5W-30に処方したオイルを比較すると、SAEの高温側(100℃)粘度では10W-40の鉱物油の方が高い粘度を示しますが、150℃下においては5W-30の合成基油を用いたオイルの方が、高い粘度を維持できる場合があります。これ10W-40の鉱物油のオイルはポリマーがせん断され、粘度低下を起こしたことによります。

必要以上にHTHS粘度を上げると燃費の面で不利になることから、用途に応じての見極めが必要になります。

HTHS粘度は容器に表示されることは少ないですが、情報公開が進んでいる欧米ではメーカーの公式ホームページでプロダクトシートの中で公表しているのが一般的です。日本ではごく一部の業者がカタログ・パンフレットの代表性状の覧にHTHS粘度を記載していますが、一般的には非公表が多いです。日本の大手石油元売りメーカーは、一部グローバルに販売しているオイルに限り、サイトのプロダクトシートをPDFで公表していますが、容器やカタログ、サイトの製品紹介のページには記載されていません。HTHS粘度の認知度が低いからであると言えます。一般的にドーナツマークを取得したAPI正式認証オイルやACEA規格の認証、メーカーアプルーバル規格の表記があれば、最低でもその粘度や規格のHTHS粘度基準を満たしていると言えます。

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